等々力渓谷の右岸に位置する「等々力不動」は、満願寺の別院なのだそうです。
敷地の南東角に庚申塔が安置されています。

主尊は六臂青面金剛で、右上手に三叉戟、左上手に宝輪、両下手に弓矢、右本手の持物は不明、左本手にショケラ。
上方に瑞雲付き日月、邪鬼を踏み、下方に三猿。

碑文によれば、この庚申堂は、近隣の篤志家の方たちによって、明治10年4月(1877年)に現在地の東隣地に移設され、その後、昭和初頭に満願寺の一画に再移設されたとのことです。

等々力渓谷の右岸に位置する「等々力不動」は、満願寺の別院なのだそうです。
敷地の南東角に庚申塔が安置されています。

主尊は六臂青面金剛で、右上手に三叉戟、左上手に宝輪、両下手に弓矢、右本手の持物は不明、左本手にショケラ。
上方に瑞雲付き日月、邪鬼を踏み、下方に三猿。

碑文によれば、この庚申堂は、近隣の篤志家の方たちによって、明治10年4月(1877年)に現在地の東隣地に移設され、その後、昭和初頭に満願寺の一画に再移設されたとのことです。

目黒通りの北側、個人宅の地先に庚申塔が祀られています。

公道からお参りさせていただきました。
細かいところまで拝することはできませんが、おそらく六臂青面金剛で、左本手にショケラを持っているようにみえます。
台座には三猿がみえます。
堂宇の周囲が、とても綺麗に掃き清められています。
赤坂の山王日枝神社。

「日枝」=「日吉」=「比叡」であり、お猿さんが神様のお使いです。
本殿前には、神猿がお祀りされています。

末社として猿田彦神社があり、60日に一度、庚申祭が執り行われます。

庚申塔があるわけではありませんが、猿田彦神を主尊とする庚申信仰と考えてよいでしょう。

猿田彦神が牛頭天王と相殿でお祀りされています。

なぜだろう。
京浜急行「新馬場駅」から歩いて数分で本覚寺

境内左手に庚申塔がお祀りされています。

主尊は六臂合掌青面金剛、足下に邪鬼を踏み、下方に三猿(言わざる、聞かざる、見ざる)
青面金剛の持物は、右上手に檄、左上手に宝輪、右下手に独鈷(?)、左下手に羂索

文字刻がかなり薄くなっており判別が難しいのですが「寛文八〜」「柃月六日戊申」(1668年2月6日でしょうか)
京浜急行「青物横丁駅」から歩いて5分ほどで品川寺(ほんせんじ)

山門をくぐると、右手に大イチョウがあり、その根元に2基の庚申塔がお祀りされています。

向かって右は、自然石(青石)の基台に三猿(言わざる、聞かざる、見ざる)が刻まれ、左右から二鶏が挟んでいます。
基台に向かって左側面には、つぼみの蓮花(未蓮花)と蓮葉、右側面には開花した蓮花と蓮葉が刻まれています。

向かって左は、力強く「庚申塔」と刻字されており、上方に瑞雲つき日月、下方に三猿(言わざる、聞かざる、見ざる)

側面に「寛政七年乙卯秋九月」(1795年)との刻字があります。
JR山手線/都営地下鉄三田線「巣鴨駅」から北西へ約1km、歩いて15分ほどで「巣鴨庚申堂」

旧中山道に沿ってお店が立ち並び、途中には「とげぬき地蔵」もあります。
辻には「猿田彦大神庚申堂」との石標がありますが、主尊を猿田彦神としていますので、位置付けとしては神社ということになるでしょうか。

「堂」という仏教っぽい印象を払拭するためか、お堂の前には「巣鴨の庚申塚」と示されています。

拝殿(?)の木札は「二礼二拍一礼」を求めています。
境内へのアプローチの左右に、狛犬のように猿像が配置されており、それぞれの基台に三猿(言わざる、聞かざる、見ざる)が陽刻されています。


それぞれ、溶岩に包まれるように建立されていることから、富士山出現伝説(=富士山がBC301年庚申年に出現したとされる)に関連づけられた猿像であると考えられます。
川崎大師駅近くに若宮八幡宮が鎮座しており、境内には、かつて駅前に鎮座していた金山神社が遷座している。
金山神社の南側、境内と一線を画して小祠があり、その中に青面金剛を主尊とする庚申塔がお祀りされている。

六臂合掌青面金剛。
上方に瑞雲付き日月、右上手に宝剣、左上手に宝輪、両下手に弓矢。
足元に二鶏。
刻字は「奉造立庚申尊像同行」「正徳三□□九月吉日」
正徳三年(1713年)の干支は癸巳ですが、そのようには読み取れない状況です。

小祠は平成8年(1996年)に再建されたようで、周囲とともに綺麗に整えられ花と水もお供えされています。